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女性騎手をピックアップ

女性騎手

1960年代後半から起こったウーマンリブの世界的広がりなどの影響から、競馬界においても不当な男女差別が問題視されるようになり、以後実際にレースで騎乗し活躍を見せる女性騎手が登場し始めています。

しかし、競馬の世界ではやはり男尊女卑の影響が競馬界において今現在も少なからず残っていると言われまだまだ女性には厳しい世界のようです。

しかし、そんな厳しい世界でも奮闘し続ける女性騎手の歴史や現状をピックアップしてみました。

世界初の女性騎手は日本人の斉藤澄子。

世界初の女性騎手は、1936年に日本の京都競馬倶楽部での騎手免許試験に合格した斉藤澄子さんです。しかし、競馬関係者が「女性騎手の存在は風紀を乱す」と反対運動を展開した結果、農林省および東京帝国競馬協会が斉藤のレース出場を禁止する通達を出したためレースに騎乗することができず、さらに1937年に発足した日本競馬会が男性であることを騎手の要件とした(当時)ため引退を余儀なくされました。

日本での女性騎手の現状

日本では中央競馬よりも地方競馬の方で女性騎手が活躍しているようです。名古屋競馬場に所属していた宮下瞳が、日本における女性騎手の最多勝利記録の626勝を挙げ(地方競馬のみ)、短期騎手免許で騎乗した韓国でも50勝以上を挙げています。

しかし、女性騎手の勝利数で言うとまだまだ、というところで、これは単純に騎乗技術の優劣によるとする考え方の一方、技術以上に「女の力では馬は御せない」という盲目的な古い因習=男尊女卑の思想が競馬関係者や馬主などに未だ根強く残っていることにも原因とされています。

JRA初の女性騎手のひとりとしてデビューした牧原由貴子(現・増沢由貴子)さんが、実際の騎乗依頼数、騎乗馬の質においてもほとんどチャンスを与えられず、ほかの同期生たちよりも騎乗数などで冷遇されていることが挙げられます。彼女たちのデビュー当初は「女性にも道が開けたことで先行する地方競馬のように中央競馬に挑戦する女性騎手が増えるのではないか」と期待されていたが、最初のケースが実質的な失敗に終わったことで、現在の中央競馬では女性騎手が活躍できる下地が根付いておらず、また西原玲奈を最後に競馬学校の騎手課程を卒業した女性は途絶えています。

日本の女性騎手:現役(2012年4月1日現在)


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